ISO26000 (国際標準化機構の社会的責任規格)

2011年1月5日
一般財団法人CSOネットワーク
黒田かをり

2011年11月1日にISO26000(社会的責任のガイダンス規格)が発効1周年を迎えました。この規格は、持続可能な発展への貢献を実現するために、あらゆる種類の組織に適用可能な社会的責任に関する初の包括的・詳細な手引書です。

* 持続可能な発展(sustainable development):将来の世代の人々が自らのニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような発展

ISO26000開発の背景

この規格開発が検討されるようになった背景には、企業の社会的責任(CSR)への関心が世界的に高まるにつれてCSRの統一規格が求められていたことがあります。

「社会的責任」という概念は企業を中心に発展してきたもので、それ自体は決して新しいものではありません。しかし90年代ごろから企業の社会的責任(CSR)が世界的な関心事になった背景にグローバル化があります。冷戦構造の終焉後、市場至上主義が瞬く間に広がり、経済のグローバリゼーションが急速に進展しました。多国籍企業が巨大化する一方で、環境問題、低コストを求めて途上国に伸張するサプライチェーンの中での強制労働、児童労働などに代表される人権問題、貧富の格差拡大などが深刻化しました。また、企業の不祥事も世界的に頻発しました。NGOや消費者、株主などが企業行動への関心や監視を強めたこともCSR推進の大きなきっかけとなりました。企業には、財務面だけでなく、社会や環境に対する責任が強く求められ、企業経営にとってもCSRは重要なテーマとなりました。

90年代半ば頃から、社会や環境に対して責任ある企業行動を推進するために、企業の内外で行動規範や規格を制定する動きが加速化しました。その中でも、国連機関は比較的早い時期から民間企業を対象とした規格や基準作りを行っていました。代表的なものに、国際労働機関(ILO)の「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」、経済協力開発機構(OECD)の「OECD多国籍企業ガイドライン」や、2000年にアナン事務総長(当時)によって提唱された国連グローバル・コンパクトなどがあります。一方、NGOも企業に行動規範作成を働きかけるだけでなく、自ら規格や基準の制定にも関与してきました。しかし、行動規範や基準が多数存在することで、異なる要求内容、規格間の差異などが、途上国に集中しているサプライヤーに過度の負担を課していることが問題になり、国際的な統一基準を求める声が高まっていきました。

ISO26000の特徴

こうした社会の期待と要請を受けて、ISO理事会は、2001年4月にISOの中にある消費者政策委員会に対して、CSRの領域でISOが国際規格を開発することは可能かどうか、また必要かどうかの検討を要請しました。その後、ISO内での議論を重ねて、2004年に社会的責任の規格開発が確定しました。これを決定づけたのは、それまで規格開発に反対、若しくは態度を決めかねていた途上国の代表陣が、乱立するCSRの規格への適合を求められる現状は非関税障壁だとして統一基準の策定を歓迎し、一斉に賛成にまわったことにありました。そして作業部会が設置され、2005年1月から策定作業が始まりました。

そこに至る過程で本規格を特徴づける重要なことが決まりました。まず、当初はCSR規格として議論が行われていましたが、持続可能な社会づくりのために企業以外の組織にも社会的責任が求められること、また幅広い組織への適用がこの規格の重要度と意義を増すであろうといった理由から、CSR規格ではなく、あらゆる組織を対象とした社会的責任の規格を開発することになりました。

2つ目は、社会的責任の規格は、第三者認証を必要としない手引書として開発されることになったことです。第三者認証というのは、環境マネジメントの規格であるISO14001のように、要求事項が提示され、組織がそれに適合しているかどうかを第三者が判断し、認証を与えるものですが、ISO26000は、組織が社会的責任を実現するための推奨事項を「パッケージ」にして提供する手引書(ガイダンス文書)として策定されました。

3つ目は、規格策定の作業部会にISOとして初めての革新的な取組みを採用したことです。作業部会は、産業界、政府、労働者、消費者、NGO、その他有識者等の6つのカテゴリーからなるステークホルダー・グループによって構成され、どのグループも優越的な地位を占めることがないように特別な配慮がされたことです。作業部会では他にもさまざまな作業部会の運営ルールが作られ、検討委員会等が設置される際には、ステークホルダーと地域(先進国、途上国)を軸にメンバーの選出が行われ、ジェンダー・バランスにも最大限の配慮がなされました。最終的に99カ国の参加を得て、多様な人たちの参加により開発されたこと自体が、この規格に価値と意義を与えていると言えるでしょう。

ISO26000の内容

ISO26000では、社会的責任を以下のように定義づけています。

社会的責任
組織の決定及び活動が社会及び環境に及ぼす影響に対して、次のような透明かつ倫理的な行動を通じて組織が担う責任:
-健康及び社会の繁栄を含む持続可能な発展への貢献
ステークホルダーの期待への配慮
-関連法令の遵守及び国際行動規範の尊重
組織全体に統合され、組織の関係の中で実践される行動
注1:活動には、製品、サービス及びプロセスを含む
注2:関係とは組織の影響力の範囲内での活動を指す

出所:「日本語訳 ISO 26000: 社会的責任に関する手引」(日本規格協会編集)下線は筆者

この規格では社会的責任の「内容」の中心となる原則と主題を掲げています。組織が尊重すべき社会的責任の7つの原則は、「説明責任」「透明性」「倫理的な行動」「ステークホルダーの利害の尊重」「法の支配の尊重」「国際行動規範の尊重」「人権の尊重」です。

組織が取り組むべき社会的責任の中核主題は、「組織統治」「人権」「労働慣行」「環境」「公正な事業慣行」「消費者課題」「コミュニティへの参画及びコミュニティの発展」の7つです。これらの中核主題のそれぞれにおいて、男女が異なった形で影響を受ける可能性があることが考慮されています。

社会的責任を「実践」するために、社会的責任を認識することとステークホルダーの特定とエンゲージメント、そして社会的責任を組織運営に統合するための手引が示されています。

この規格では、「組織の何らかの決定又は活動に利害関係を持つ個人またはグループ」であるステークホルダーを特定、対話を行い、双方向のコミュニケーションをとるエンゲージメントを主要な概念としています。ステークホルダー・エンゲージメントは、組織が社会的責任を理解し、運営体制にそれを組み入れ、実践し、見直し、改善する各局面で推奨されています。

ISO26000の内容は次のようになっています。

ISO 26000の構成

章番号 タイトル 内容の説明
0 序文
1 適用範囲 ISO 26000で取り上げる主題を定義し、制限や除外する項目について説明している
2 用語及び定義 ISO 26000に使用する用語のうち定義する必要のあるものを特定し、定義を記述している
3 社会的責任の理解 社会的責任の歴史的背景、最近の動向、社会的責任の特徴、国家との関係などを記述している
4 社会的責任の原則 さまざまな文書から導き出した社会的責任に関する原則を特定し、説明している
5 社会的責任の認識及びステークホルダー・エンゲージメント 社会的責任の2つの慣行として組織の社会的責任の認識、並びにステークホルダーの特定及びステークホルダー・エンゲージメントを取り扱う
6 社会的責任の中核主題に関する手引き 社会的責任に関連する中核主題及びそれに関連する課題について説明。中核主題ごとに、その範囲、社会的責任との関係、関連する原則及び考慮点、並びに関連する行動及び期待に関する情報が提供されている。
7 組織全体に社会的責任を統合するための手引き 社会的責任を組織内で実践し、組織の活動や意思決定に組み込むための手引きを提供する
附属書A 社会的責任に関する自主的なイニシアチブ及びツールの例 社会的責任に関する自主的なイニシアチブ及びツールの限定的なリストを提示する
附属書B 略語 ISO 26000で使用する略語の一覧表
参考文献 ISO 26000の本文で参照された権威ある国際的な文書及びISO規格など

出所:「策定に関わったNPOが読み解くISO26000」社会的責任向上のためのNPO/NGOネットワーク12ページ

ISO26000の図式による概要図


出所:「ISO 26000 : 2010 社会的責任に関する手引」ISO26000国内委員会監修 日本規格協会出版
26ページの図に筆者が一部手を加えたもの

ISO26000を巡る動き

この規格の浸透状況を把握するために、ISO26000の発行後に設置された組織(Post publication organization)は、一周年を迎えるにあたり各国の調査を行ないました。その結果、回答のあった65カ国のうち、36カ国はすでに国内規格化を実施、その他日本を含む15カ国は検討中とのことがわかりました。

日本においては、主に3つの動きがありそうです。1つ目はこの春にISO26000が日本工業規格化(JIS化)することです。筆者も委員を務めるISO 26000 JIS化本委員会での作業とJIS原案の承認と日本工業標準調査会における審議を経て、JIS公示は2012年3月~4月の予定だと言われています。

2つ目は企業による取組の増加が見られることです。今年度、ISO26000に言及しているCSR報告書はかなりの数に上ります。ISO26000の7つの原則や7つの中核主題をベースに報告書を組み立てたり、ISO26000に照らし合わせて企業の取組を複数のステークホルダーがレビューしたり、7つの中核主題に沿ってそれぞれの専門家を招いてステークホルダーダイアローグをしたりするといったような活用の仕方が増えています。

3つ目は企業だけでなく、NPO/NGO、自治体、労働組合、消費者団体等が少しずつながらもISO26000への関心を示しはじめていることです。当会も参加している社会的責任向上のためのNPO/NGOネットワークでは、学習会やセミナーのほかに「これからのSR-社会的責任から社会的信頼へ:策定に関わったNPOが読み解くISO26000」というブックレットを発行しました。これは特にNPOとNGOを対象にこの規格について書かれた解説本です。他にもNPOが核となって、ISO26000をツールとして使いながらその地域の多様なステークホルダーと連携することで地域の課題解決や地域づくりを行う取組もいろいろな地域で始まっています。

ISO26000の意義

最後にISO26000の意義を考えてみたいと思います。

第一に、社会的責任の7つの原則と7つの中核主題が国際的な合意事項となったことです。

次に「社会的責任」の文脈において、組織とステークホルダーの関係が明確になったことは画期的なことと言えるでしょう。たとえば、NPO/NGOや消費者団体などの関心がますます高くなれば、企業に対して何らかの働きかけが行われる可能性が今以上に出てきますし、この規格で重要視されているステークホルダーとの対話やコミュニケーションは中身の濃いものになっていくでしょう。

そして、この規格がグローバルに社会的責任を語る際の共通言語になりうるということです。社会的責任に関する規格・基準は多数ありますが、それらの集大成ともいわれるISO26000は今後、CSRのデファクトスタンダード(事実上の標準)になっていく可能性が高いと思われます。

未知数のところが多いISO26000ですが、世界の動きも見ながら、今後日本においてどこまで浸透していくか注目していきたいと思います。

 

※筆者紹介:一般財団法人CSOネットワーク事務局長・理事。2007から2010年度ISO26000国内委員会委員、同策定NGOエキスパート、2011年度から同規格JIS化本委員会委員。

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