CSOネットワーク 提言&コラム

“公正な社会”を目指す教育の模索〜市民と地域の実践から〜

投稿日:2022/02/17
カテゴリー: コラム

教育は“公正な社会”を目指す上で、最も重要な営みです。CSONJでは、教育を通した“公正な社会”の実現のため、「中学・高校のためのSDGs教育デザイン」を提案していますが、その活動の一環として、2021年10月に、ドイツのコンラート・アデナウアー財団、東海大学との共催で、オンラインシンポジウム「教育格差の広がりとポストコロナの教育-誰ひとり取り残さないためのつながりを考える-」を開催しました。

以下では、同シンポジウムにおいてCSONJが企画した「セッション2:“公正な社会”を目指す教育の模索〜市民と地域の実践から〜」をまとめたレポートをお届けします。

本セッションでは、日本の子どもや若者が置かれている現状を、「教育における公正」の観点から考え、そこでの公教育における新たなアクターに期待される役割について議論することを目的とした。まず総論として「教育における公正」を実現するためには、人権や多様性の尊重が必要であることを、CSOネットワーク代表理事の古谷由紀子が発表した。次に、青少年自立援助センターの田中宝紀氏より、海外ルーツの子どものための教育支援事業のご紹介とともに、政府や市民のすべきことをお話しいただいた。その後、もう一つの事例として、黒部市社会福祉協議会の小柴徳明氏から、地域の高校における、地域の多様性の課題に対してともに考え取り組んでいく地域福祉教育の取り組みについて紹介いただいた。3人のお話を踏まえて、上智大学総合人間科学部の澤田稔先生より講評をいただき、会場との質疑応答を行う中で「教育における公正」は社会全体で取り組み進めていく必要があり、新たなアクターは社会課題と公教育の架け橋としての役割が期待されていることが確認された。モデレーターはCSOネットワーク事務局長の長谷川雅子が務めた。

 

教育における公正を社会全体で実現しよう

一般財団法人CSOネットワーク 代表理事 古谷 由紀子

公正な社会を実現するためには「教育の公正」が重要である。「教育の公正」とは、一人ひとりが質の高い学びを享受し、教育過程を修了する機会が十分に提供されていることである。「教育の公正」の実現は貧困など世界の課題解決にも寄与すると言われ、実際、低所得国のすべての学生が基礎学力を身につけて学校を卒業すれば1億7000万人が貧困から脱することができるとされている。

「教育における公正」のリスクにさらされている障害者や紛争・災害下にある子どもや若者などがいる。これらの人々の人権を尊重していくことが「教育における公正」の確保には重要である。ベースとなる人権は、「人は、それがなくては人間が人間らしく生きることができないもの」であり、人種、民族、性別を超えて万人に共通した一人ひとりに備わった権利である。教育を受ける権利もその一つである。また、人権は社会のなかで、他者との関係性の中で考える必要があり、自己と他者の人権は相互に影響し合うものであることを理解する必要がある。その結果、互いの違いを認め尊重し合うことになり、「教育の公正」を実現していくことを可能にする。

「教育の公正」の実現には、二つのアプローチが考えられる。第一のアプローチは思いやりアプローチであり、人々の「思いやり」を通じて人権の尊重の理念を普及させる手法である。第二のアプローチは権利アプローチであり、弱者が平等性等を権利として主張し、それを他者が尊重することで、「教育の公正」を確保する手法である。「思いやり」は必要ではあるが、社会体制のなかで、人間としての尊厳を踏みにじられてきた人々が、自らの人間性を回復するために、闘って獲得してきたのが「人権」であることを考えるならば、「権利アプローチ」が不可欠である。

人権教育の現場において、人権という概念が生まれた背景や現実の差別について十分に触れられているだろうか。人権が獲得された歴史を伝え、現実に発生している差別を直視しながら実践していくことを期待したい。また、「教育の公正」が社会の問題であることから、個人や教師をエンパワーメントするために、阻害されている当事者の声に耳を傾けながら、問題解決に取り組んでいるNPO/NGO、地域のなかで人権尊重に取組んでいる組織など社会全体での取組みが求められる。

 

海外ルーツの子どものための教育支援事業YSCグローバル・スクールの実践

特定非営利活動法人青少年自立援助センター 定住外国人支援事業部 責任者 田中宝紀 氏

 YSCグローバル・スクールでは、海外にルーツを持つ子ども、すなわち、国籍に関わらず、両親またはそのどちらか一方が海外出身者である子ども達が、日本語での学習に自信をもって取り組めるよう日本語や学習サポートを実施するとともに、安心して学校に通い自ら進路を選択できるように教育サポートをおこなっている。

海外にルーツを持つ子どもたちが負の連鎖に陥らないために学習支援は不可欠である。日本語を理解できない状態を放置すれば、学校での勉強についていけず、不登校となったり、教育機会を失ってしまったりする恐れがある。一方で、母語の習得が十分でなければ、抽象的思考に困難をきたし、自己や他者との対話の難しさから自暴自棄になってしまう恐れもある。

こうした負の連鎖を断ち切るためにも、海外にルーツを持つ子ども達に学習支援等の支援が求められるが、そうした支援が不十分であるのが現状だ。実際、2018年時点で、公立学校に在籍する日本語指導が必要とされる児童生徒5万1千人のうち、1万人が何の支援も受けられていない。さらに、海外にルーツを持つ子どもへの支援の充実度の格差が地域間で生じている。例えば、外国人集住地域では日本語学級や情報の多言語化等の支援が整備されている一方、外国人散在地域ではそうした体制が十分に整っていない。

海外にルーツを持つ子どもが日本人と同じ教育を受ける権利も十分に保障されているとは言えない。文部科学省は「外国人の子どもには義務教育の就学義務は無いものの、公立の義務教育諸学校への就学を希望する場合は、日本人児童生徒と同様に無償で受入れ日本人と同一に教育を受ける機会を保障する」としている。しかし、実際は、海外にルーツを持つ子どもの不登校出現率は高く、高校進学率が低いという現状がある。また、自治体がその就学状況を把握していない外国籍の義務教育年齢の子どもが2019年時点で19,000人にも上っている。

日本政府は学校内での日本語指導体制の整備等に取り組んでいるが、ボランティアやNGO・NPOによる支援への依存度が高いのが現状であるが、近年ボランティアの高齢化による活動継続が困難となったり、資金面で苦しい状況が続いている。

加えて、海外にルーツを持つ子どもは、日本との間の心の壁にも直面している。「国に帰れ」といった差別的な言葉や、「お箸上手だね」といった差別する意図は無いものの壁を感じさせられる言葉を投げかけられ、傷つけられている。

日本では2065年に海外にルーツを持つ人口の割合が12%に達すると予測されおり、海外にルーツを持つ子どもにとっての「教育の公正」実現は不可欠である。「教育の公正」を実現するためにも、政府によるイニシアティブはもちろんのこと、市民側が海外にルーツを持つ子どもを理解し具体的な行動を持って応援する人々「アライ(= ally)」を増やしていくことが重要である。

 

多様性を支える地域づくりを踏まえた地域福祉教育

社会福祉法人黒部社会福祉協議会 総務課課長補佐/経営戦略係  小柴徳明 氏

社会福祉協議会の仕事とは、全体の“しあわせ”について話し合い、考え続けることである。

黒部社会福祉協議会では、多様なセクターを巻き込むための取り組みを行い、さらにその取り組みにデータやICTを活用することで、地域のたくさんの人々に活動を分かりやすく理解してもらえるよう取り組んでいる。複数の事業が行われているが、それらを見える化することで市民の気づきを喚起し、参加のハードルを下げ、ひいては地域全体の方向性の中で活動に取り組んでもらえることを目指している。

下記が具体的な取り組みの一部である。

① 会議を参加型に変化させる

これまでの地域計画策定会議は形式的な承認会議であり、参加者も高齢の男性(組織・団体の代表)が中心であった。それを多様な世代とジェンダーが参加するワークショップ型の話し合いの場に変化させた。

② 地域計画をわかりやすくシンプルにまとめる

「黒部の福祉を良くする活動計画」は、従来長文で分かりにくかった計画書を、デザインを工夫したカラフルで分かりやすい概要版のパンフレットにまとめあげた。また指標をデータに基づいて見える化したダッシュボードを作成し、市民みんなが地域の変化を確認することができる仕組みを作っている。

③  幅広い年齢層の意見を取り入れるための取り組みとICTの活用

富山県立桜井高校の授業の中で地域課題解決を学ぶプログラムを実施し、地域課題の見える化や、10年後の地域について考えるワークショップ等を行っている。なおコロナ禍においては、実際に会議の場に来てもらうことの難しい高校生たちとZOOMを使ったオンライン授業を行っている。県外の講師や企業などにも協力してもらうにあたり、オンラインで参加依頼することでハードルが下がり、より豊かな学びのチャンスが増えることや生徒との距離感も近くに感じ、和やかに率直な意見出しの機会となっている。

 

 

*本レポートの英語版は、“Konrad Adenauer Sharing Political and Civic Engagements Spaces (KASpaces) Accelerating Progress and Equity in Education”p122-126に掲載されています。レポートはこちらよりご覧ください。

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